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HOME > Market&Market > コラム > 英国の金融サービス法制の展開(抜粋)
英国の金融サービス法制の展開(抜粋)86131 林 康史 以下、ペーパーの序論・第3章の一部を掲載する。紙幅の関係から、本文・脚注ともに割愛せざるを得ず、不十分である点は了承願いたい。また、ペーパー全体の要約と結論部分(「結論〜要約及び結語にかえて」)は大蔵省のホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/zaikin/kenkyu/財政金融研究所・研究活動「論考」)に 掲載される予定であるので参照願いたい。なお、ペーパー全体の構成は以下の通りである。 第T部 本論 第1章 金融サービス市場法(案)の概要 第2章 金融サービス法及び金融サービス市場法(案)の史的展開と位置付け 第3章 英国の金融サービス市場法(案)における規制機関のあり方と日本への教訓 第U部 附論 附論1 投資者の自己責任 附論2 消費者保護の側面から見た英国の金融サービス法 附論3 英国の金融サービス法制の比較制度分析 結論 〜 要約及び結語にかえて 参考文献 (略)本稿は、新しい日本の金融のあり方を探るための基礎的知識として、消費者保護の視点も盛り込みながら英国の金融サービスの展開を探るものである。まず、現在、英国の国会で審議中の金融サービス市場法(案)の概要を俯瞰し、いわゆるガウアー・レポート以前に遡って金融サービス法及び金融サービス市場法(案)の史的展開を記述し、また、銀行法等の他の金融法との関連を位置付ける。その後、英国の金融サービス市場法(案)における自主規制制度廃止の意義を考えて日本の金融制度への教訓を考察する。ここまでが本論であり、以下、附論で、昨今の議論でもある投資者の自己責任の意味の曖昧さを考え、消費者保護法としての側面から英国の金融サービス法制を論じ、最後に、経済的な視座から英国の金融サービス法制の比較制度分析を付け加える。以上が論文の構成であるが、その中で、1986年の金融サービス法は金融サービス市場法(案)との比較において業法としての性格が濃厚であること、立法の経緯からすれば、1986年法は投資者保護が目的であったが、2000年の大改正は市場の効率性に着目したものである可能性、また、英国のビッグバンが経済学でいう、いわゆるビッグバン・アプローチではなかったのではないかという疑問等を提起する。 資本市場あるいは市場型間接金融に軸足を移そうという動きは日本ばかりではない。米国における銀行と証券の垣根のメルトダウンも、英国の制度改正も実は同じ潮流であろうと考えられる。現在、英国の金融サービス法から学ぶことは多い。(略) 第3章 英国の金融サービス市場法(案)における規制機関のあり方と日本への教訓 第1節 緒論 (略)英国では、1999年6月に、1986年金融サービス法を全面的に改正した「金融サービス市場法」(案)が議会に上程された1が、自主規制制度の意義を問い直す動きに従って、規制機関としての業界団体は法制度上から姿を消す。わが国では、金融審議会で審議されているいわゆる金融サービス法の制定の雲行きが怪しくなってきたが、金融制度・証券取引制度の改善は今後も検討されていかねばならない。金融サービス法ではなくとも、何らかの法的手当てをすることは急務であろう。今後、日本の金融制度のなかで、自主規制機関のルールはどうあるべきだろうか。本稿では、自主規制についての英国の経験と考え方を金融サービス法以前にまで遡って振りかえることで、日本版金融ビッグバンの法制度へのインプリケーションを考えたい。
第2節 英国金融サービス業における自主規制機関(SROs) 1.自主規制か政府規制(法規制)か 市場の効率性を確保しつつ投資者(消費者)保護を図っていくという視点から、規制が市場自身によって(実際には市場参加者自身によって)なされるべきか、あるいは外部の法的機関によるべきかという論争が昔からある 2。英国での制度改正への動きも、実は、この点がポイントである。最近の議論でも、業界の利益と公共の利益の双方を一つの機関で処理することはできないものとの意見が大宗となり、結論から言えば、自主規制機関によって規制することは困難であると考えられるようになった。自主規制を重んじる伝統のある英国においても、歴史的な流れとして自主規制から政府による規制に移行しつつあるように見受けられる。 2.自主規制機関の歴史的変遷 (1) ガウアー・レポート以前の動き 「紳士のクラブ」と称されたように、英国の自主規制の伝統は自発的かつ倫理的に発生し培われてきた制度だと言われる。「自主規制により英国証券市場に対する内外の信頼は確保されてきたともいわれ、制定法に頼らなくとも証券市場の適切な規制が行われることを証明するがごときであった」3とされ、コモン・ロー上の「買主注意せよ(caveat emptor)」 4からの脱却は一般に「開示主義」5と弱者保護のための「温情的干渉主義」という伝統を背景として成立したとされる6 。その伝統の背景には、日本における業法のような金融に関する制定法が英国には伝統的に存在しなかったという事情もあろう。また、それが金融サービス法という横断的な市場法を生むことになるのである。 (2) ガウアー・レポートと金融サービス白書 レポートに示されたガウアーの規制機関に対する考え方は次のようなものであった。規制方法としては「政府機関の監視下における自主規制代行機関による監督方式」をとるものであった。政府と自主規制機関の役割について、簡単に言えば、投資業に関する全般的な規制は政府が行い、日常的な投資業者に対する監督は政府の承認を受けた自主規制機関が行う7 というものだった。投資業を行うものは政府または自主規制機関の認可を必要とし、無認可で投資業を営んだ場合は刑事罰を適用するというものである8 。金融サービス白書の第5章が制度上の機構にあてられているが、規制システムは最も簡潔には「制定法の枠組み内での自主規制」と述べることができるとし、金融サービスを提供する者と利用する者とから会員を構成する1以上の民間部門の団体に投資業の認可の責任を負わせ、主務大臣は、競争及び国際的義務に関する一定の権限を保有することになる9と述べる。単一の団体が優れているとの結論になるかもしれないとしながらも、金融サービス白書では、便宜上、証券及び投資の規制を担当する証券投資委員会(Securities and Investments Board)ならびに出来合いのパッケージ投資物件のマーケティングの規制を担当する投資マーケティング委員会(Marketing of Investments Board)をイメージして書かれている10 。また、政府としては、証券取引所、全英証券業者・投資管理業者協会(NASDIM)、保険ブローカー登録協議会等の団体が長年にわたって自主規制に極めて重要な貢献を果たしてきたことを認めつつも、各団体はそれ自身の特定の分野を担当できるだけであり、金融サービス業における急激な変化と利害の衝突の弊害の可能性増大を背景に、政府は、この産業全体に同等の行為基準を適用しなければならないと考えている11、と述べている。実は、この指摘は、今回の改正時に背景となった議論と同質であり興味深い。 また、規制機関の錯綜も、当時から問題として認識されていた。つまり、複数の規制機関の監督下に入る非効率は当時もわかっていたのである。政府は、グループの事業の異なる部門が異なる団体の監督に委ねられ、その結果、重複する規制責任が生じることを認識している。つまり、これは今回固有の新しい現象ではないが、最近の発展により前より重要な意義をもつことになったものであろう12。 権限委譲の基準については、以下のように述べる。(略) 要するに、法律に規定する基準を満たしていると思われる自主規制機関に主務大臣が権限を委譲するが、その基準は、@自主規制機関の制定するルールが公正かつ合理的なものであること、A認可される投資業者が適任かつ妥当な者であること、Bルールが投資者に適切な保護を与えるものであること、等と考えていたのである。 業者団体が居ごこちのよいクラブまたはカルテルに堕落するかもしれないという業者団体による規制の危険もまた金融サービス白書にも指摘されている。そこで、証券投資委員会、投資マーケティング委員会の委員長や委員の任命権を主務大臣とイングランド銀行総裁に限り、証券投資委員会、投資マーケティング委員会、自主規制機関に競争政策を適用するための特別な規程が設けられることになっていた13。 (3) 金融サービス法 結局、金融サービス法がとった方式は「制定法の枠内での自主規制(self-regulation within a statutory framework)」14といわれるもので、政府がその規制権限を民間部門たるSIBへと委譲し、SIBが自主規制機関を認可するという構造であった。自主規制機関を認可制にすることにより、制定法が自主規制制度を認めた形になっている。一方、政府が主務大臣を通じて規制する領域が残されているので、同法の規制は二元的なものになっているといえる。形式的には、規制主体として、@主務大臣、A指定機関(SIB)そして、B複数の認可された自主規制機関の3段階がある15。 なお、金融サービス法制下での仕組みは、複雑16すぎる、業者間のアンバランス、ルールの効果の疑問、私法との関係の不明確さ、等の批判を受け、プロの業者間取引は対象から外し、自主規制機関のルールを簡素化できるようにし、自主規制機関の統合を図るといった改正を行った。 当初、5機関17で発足した規制機関は、複雑にすぎ、コストが高くつくということから、94年以降は、SFA(証券先物機構)、IMRO(投資顧問規制機関)、PIA(個人投資機構)の3機関に統合されている18 。 (4) 金融サービス市場法(案)へ向けての流れ 前節で述べたように制度への疑問があったところに、特に消費者からの批判を高める不祥事も頻繁に起こった。手数料目当てとされるユニット・リンク保険の販売の問題、マクスウェル事件、等が相次ぐ中19 、個人投資家保護を目指しLAUTRO(生命保険及びユニット・トラスト規制機関)とFIMBRA(金融仲介・マネジャー・ブローカー規制協会)は PIAに改組される。しかし、FIMBRAが財政難だったことが改組の直接の原因とも言われ、この改組の際に、業際20、業者間の利害対立が顕著になる。そもそもSIBがあれば、自主規制機関は不要であるという意見が出された。特に、大手業者の直接規制の要望は次のような不満を背景としていた。即ち、業界の自主規制とは名ばかりで、政府あるいは消費者代表の意見が強く、コスト等の面で不公平だとの不満があったのである。 一方、消費者団体からは、自主規制機関の運用に問題があったという指摘があり、PIAは正式に発足したけれども、抜本改正の動きは醸成されつつあった。 また、1994年にはシンガポール市場での株価指数先物取引での失敗によってべアリング社の経営が破綻したが、監督機関のイングランド銀行、SIB等は巨額損失を把握できていなかったことが明らかとなった。個々の監督機関の管轄範囲についてのみ監督するというシステムでは、業務範囲の拡大した業者の一部の業務しか把握できず、広く金融サービス業の監督を一つの機関に集中させ、監督の効率性を高めるべきであるという意見が強くなってきた21。 1997年5月に、ブレア労働党政権22が発足し、英国は金融・証券改革に着手することとなった。SIBと自主規制機関を中核とした規制・監督が、公益と業界利益の二兎を追うものとなっているという理由である23。金融政策はイングランド銀行の専管事項となり、銀行監督機能は移管されることになった。1997年10月28日にFSAが発足し、98年6月にイングランド銀行の銀行監督権限がFSAへ移管され、3つの自主規制機関の職員がFSAへ移籍した。 (5) 金融サービス市場法(案)の位置付け 1997年の段階では、金融サービス市場法(案)は、金融規制改革法案(financial regulatory reform bill)との仮称で呼ばれており、今回の改正は、第一に、投資サービス・銀行監督の統合ほか、金融機関の一元的な規制へ向けたものとみることができる。第二に、自主規制から政府規制への転換を図ったものということができよう。更に加えるならば、言うまでもなく、第三に、消費者保護対策も目指したものでもある。ただし、今回の法案は市場の効率性を高めることと法の実効性の強化が主たる狙いであり、明らかに投資者保護を主目的とした1986年金融サービス法の制定時とは異なった背景を有していよう。 ここで今回公表された法案の機関に関する事項等を再び概観しておく。1986年金融サービス法は、主務大臣(当初は貿易産業大臣、後に大蔵大臣)に金融・証券市場に対する規制権限を与え、実際にはSIB(現、FSA)に権限を委譲するという仕組みをとっており、「政府の監督の下における自主規制」という考え方を具現化したものであったが、報告・監督権限が不明確であった。今回の改正案は、FSAを法律上の規制機関として明確に位置付けている。FSAは公的資金の援助を受けない民間の保証有限会社であるが、法律に明記された公的機関である。「政府の監督の下における自主規制」から「法律に基づく公的規制」へ制度が転換することになる。結果的に自主規制機関が機能しなかったのではないかという反省に立ち、制度改正がなされるのである。 3.自主規制のメリット・デメリット 自主規制は制定法との関係において二つのタイプに大別される。一つは「公規制とは無関係」に行われる自主規制、もう一つは「制定法上の根拠を有」する自主規制である24。自主規制を重んじるのは英国の伝統であると言われるが、1986年法ではじめて「公規制とは無関係」なものから「制定法上の根拠を有する」ものに変更されたのである。簡単に言うと、政府による規制の強化である25。これをサッチャリズムの文脈で考えると、小さな政府を実現するための自主規制でもあったと考えられる。 英国では信託・年金・保険等の発展とともに投資者保護が複雑化してきた。そうした社会変化の中で、外部干渉を排した交渉は、専門性・経験の観点から言っても経済環境の変化に対する迅速かつ容易な対応を可能とし、コストの点で経済的(かつ、受益者負担)である反面、規制される者の利益保護に向かいやすいという危険性を有し、排他的、競争制限的、曖昧になりがちである。 また、市場の活性化、投資者保護の観点から言えば、自主規制の前提は、@団体が存在し、A自主規制に対する動機づけがなされており、Bコントロール機能を有していなければならない、ということになる26。なお、これらの前提が崩れれば、投資者としても自主規制よりも政府規制が望ましいことになる。 最も簡単に述べると、自主規制のメリットは、柔軟性であり、低コストであろう。反対に、デメリットは、不正確さであり、利害調整時の不公平の懸念であろう。この点に関しては、「ガワー教授が、『投資者保護に関する報告書』において、証券取引所は既にかなり以前から自らを「会員のクラブ」とみなすことをやめていて、その公共上の役割を認識しており、更に加えて「私見によれば、証券業者の破産を防止するのに常に成功してきたわけではないにしても、取引所は市場を規制し会員業者を監視するために相当量の仕事をこなしている」といった点を確認した」27 28。 結局、ガウアーは自主規制と政府規制を相互補完的であるものとして折衷案を採用したが、それを受けて、金融サービス白書は自主規制の長所を以下のように述べている29。 @ 十分な投資者保護と競争的かつ革新的な市場とを結びつける最善の可能性を提供する。 A 規制は、業者がルールの考案とその執行のみならず、高い行為基準の遵守にもかなりの係わりを持つならば、更に有効なものとなる見込みがある。 B ルールの制定及び執行ができる民間部門の団体は、議会の立法によらなければルールを変更できない団体よりも、その運営についてははるかに大きな柔軟性を持つことになるであろう。 C 業者は、ルールの違反を見つけ、迅速かつ有効な執行活動をとるのに最適である。 D 民間部門の団体は、新法が女王の裁可を受けるときまでに設立し、十分に進んだ準備をすることができよう。立法と実行上の準備は、連続してというよりもむしろ同時に進めること30ができる。 E 日常の規制行為は、政府から離れて行われる。 その結果、金融サービス法による規制の構造は多重となったのである。しかし、今回の法改正は、マクスウェル事件、生命保険会社の年金不正販売事件、等々で明らかになったように自主規制機関が有効に機能しなかったという反省に立ったものである。自分で自分を私的に規制することができないからこそ1986年法で法規制のもとに置いたのであり、それでも不十分だったから、金融サービス市場法(案)では自主規制機関はなくなるわけである。業界団体による自主規制では公正な対応がなされないのではないかという危倶は結局、払拭されなかったのである。 規制監督機関の一元化は、要するに、自主規制により多重となった構造を単純にすることを意味する。SIBの報告書31では、単一監督機関にすることのメリットとして、以下が挙げられている32。 @ 規制を効果的に行うことができる。新しい単一監督機関は、現在の各監督機関が既に行った努力を基礎に、異なった金融分野について、調整されかつ一貫性のある規制を行うことができる。 A 監督機関へのアクセスが容易になる。たとえば、顧客が調査したり苦情を述べる窓口が一つになるなど、監督機関にアクセスすることが簡単になる。 B アカウンタビリティの経路が単純化され明確になる。従来は、業者ごとに監督機関が異なり、監督機関のアカウンタビリティに関しても、投資業については各SROがSIBに責任を負い、SIBは大蔵省に責任を負い、銀行についてはイングランド銀行が大蔵省に責任を負い、保険については貿易産業省が管轄するといったように、複雑であった。 C 単一監督機関にすることにより、規模の経済の観点等から、規制の効率性が高まる。 その一方、デメリットを補うために、以下の方策も手当てすると述べる。 @ 市場の変化及び消費者や業者からの要請や問い合わせに迅速に対応できる体制を整備。 A 異なる分野ごとの消費者のニーズに応じて、金融分野ごとにフレクシブルで異なった規制を行えるようにすること。 B それぞれの金融分野についての専門的知識の習得。 C それぞれの規制業者との確立された関係の維持、業者についての情報の入手。 D FSAの業務執行のある局面での消費者と実務家の参加。 なお、複数の規制機関間による競争の問題については附論で述べる。 さて、これまで述べたように、歴史的な流れを概観すれば、図表3-2のようにまとめられよう。繰り返しになるが、一般に、金融サービス法によって自主規制制度が公的なものとなり、そのシステムが強化され、それが金融サービス市場法によって法的裏付けを喪失し廃止されるかのようにも見えるが、政府と業者との関係で考えれば、実は、一貫して政府による規制の強化を行ってきたと見ることも可能である。
そもそも英国の金融サービス法は、行為主体ではなく、行為そのものに焦点を当てた法であると言われる。つまり、「誰が行うか」ではなく、「何が行われるか」を対象にしたものである。一方、自主規制は業態毎の団体に依存するものであり、金融商品サービスの上に構築されたシステムであろう。ということは、理論的にも機能に注目しているはずの金融サービス法が自主規制制度を採用するということ自体が矛盾であって、機能として適切ではなかったのではないかと考える。少なくとも、業が錯綜し、業際が曖昧になるにまかせておけば、自主規制機関も増加していく傾向にあると考えられ、業界による自主規制という制度自体が金融サービス法の思想にはなじまないものであった可能性は高い。 金融サービス法も規制の枠組みのみを規定すると言われていたが、金融サービス市場法(案)は、それを更に推し進めたものとなっており、詳細は金融サービス市場法には定められず、大蔵省令やFSAルールによって定められることになっている。「この分野における技術変化や発展を考慮に入れることができるように、法案は『枠組み』の法律として構成」33されており、迅速柔軟に対応できるものとなっているが、一般に業法が存在するような業界にあっては、個々の業者は現在の既得のレントを守ろうとする傾向があるものであり、ガウアーが述べた迅速さや柔軟性は一方向への硬直性があるものと考える。つまり、自己に都合の悪いときには迅速さや柔軟性は発揮され難いと考える。具体的には、例えば、旧制度下のオンブズマンでも、相談案件の盥回しがあったと言われるが、これも柔軟性が有効に活かされていない例であろう。また、自主規制は業界対応なわけであるから、結局、規制対象に疎漏が出来しやすい。業界のボーダレスカが起こりつつあるのであれば、むしろ業界に委ねていたのでは、迅速な対応が困難となる。類似商品、紛い商品、あるいは「紛い」紛い商品等への対応は後手になるどころか、対応できないということにもなりかねない。 国家が市場に深く関与することについての危惧もある34が、目的は誰が規制を行うかではなく、如何に実効性を持たせるかであり、国家管轄がすべて望ましくないわけではなかろう。国家による規制は新たな規制を生む傾向になりがちであるが、それについては以下に述べる。 ただし、規制はラチェットのように不可逆的に徐々に自己強化していく傾向にある35。その点に関しては、新たな規制等には抑止力が必要であり、金融サービス市場法(案)では費用便益分析の発表等が義務づけられており、また、金融サービス市場審判所が設置される等、担保されていると考える。 第3節 わが国の金融業の自主規制制度 1.わが国の金融業の自主規制機関 ここで、日本の自主規制機関としての事業者団体について見ておく。日本では、規制機関として事業者団体が一定の機能を果たしてきた。わが国では、伝統的に行政規制が行われてきたのであり、それを補完する形で事業者による自主規制があったが、これも行政が指導してきたものと言える。行政と事業者と消費者の関係で見た場合、英国の旧制度に近い関係があったことがうかがわれる。 これまでみてきたように、事業者団体による自主規制の場合は、規制の実効性の確保が問題になる。英国の旧制度の場合は、許認可権限を有していたわけであるが、日本の場合は、自主規制団体にそこまでの権限は与えられておらず、逆に、除名等の措置は独禁法違反36の可能性がある。公取委の「事業者団体の活動に関する独占禁止法の指針」37でも、「自主規制等の強化」を違反38となるおそれがある行為としている39。 日本の金融サービス業の場合を見てみると、日本証券業協会は、主な業務40として自主規制業務があり、(1) 自主規制ルールの制定・実施41、(2) 実地監査の実施、(3) 資格試験の実施及び証券外務員の登録、(4) 証券取引の苦情相談が列挙されている。証券取引法第68条2項の規程により実質的には唯一の証券業者の団体42となっており、第61条の規程により協会に加入しない業者は金融再生委員会の監督を受けることになる。また、協会は、第64条の7の規程により金融監督庁長官から委任された外務員の登録事務を行っており、その2項で協会に登録事務を行わせることとしたときは、主務官庁では当該登録事務を行わないものとすることとなっており、実質的には、協会の会員とならざるを得ないものとなっている43。 商品先物取引の場合も同様である。日本商品先物取引協会は、商品取引所法第136条の40の規程により、農林水産大臣並びに通商産業大臣の認可を受けた商品取引所法上の認可法人で、主な事業活動は、(1)自主規制、(2)会員の受託等業務に関する苦情・紛争の解決、(3)外務員の登録及び資格試験等の実施、となっている。平成11年4月に、改正商品取引所法の施行に伴い、民法上の社団法人である日本商品取引員協会から改組したものである。第136条の34の規程により協会に加入しない業者は主務大臣の監督を受けることになる。その際に協会又は取引所の定款その他の規則が考慮される44こととなっているのも証券業と同じである。また、協会は、第136条の11の規程により金融監督庁長官から委任された外務員の登録事務を行っており、2項で協会に登録事務を行わせることとしたときは、当該登録事務を行わないものとすることとなっている45。 商品取引員は主務大臣の許可制であることが証券業との違いであるが、機関に関して言えば、証券業界については既存の事業者団体の日本証券業協会が継続して自主規制に当たるのに対して、商品取引業界は、商品取引所法上の認可法人となるに際して、業界振興を図る、権利能力のない任意団体である日本商品先物振興協会を分離させており、日本商品先物取引協会は、規制監督機関としての機能を専らとするものとなっている。このように明確な性格を有する事業者の自主規制機関はこれまでなかった。今後、日本で機能するかどうかが注目される。 ちなみに、生命保険協会は民法34条による社団である。自主規制団体ではないが、いわゆる大蔵省の事務ガイドライン等によって実際には単なる親睦団体以上の活動をすることがないとはいえない。この曖昧な機関としての性格は日本の業界団体の一般的な特徴であるが、特に護送船団方式の補助システムとなってきたことも否めず、英国の場合と同様の理由で、日本でも改革が必要であろう。 全国銀行協会もまた自主規制団体ではない。全国銀行協会自体は、民法上の社団でもなく、例えば、民法上の社団である東京銀行協会等の連合体という位置付けであったが、1999年4月に組織のあり方を変更し、各銀行が直接、正会員か準会員46になることになり、これまでの各地方の銀行協会は特別会員となっている。定款47自体は変更されていないが、自主規制機関への改組を検討するための組織変更でもあろう。業界団体としての活動を行っており、証券業協会の特別会員の外務員試験の一部の業務を代行している。 東京外国為替市場委員会は銀行の外国為替市場にかかわる銀行の外国為替担当者の親睦団体48であるが、若手ディーラーの研修のために講演会を催したりするばかりでなく、(略)事実上、東京外国為替市場のルールの決定機関として機能している。 市場委員会も政府の介入を嫌って、政府規制を避けるために組織化されたものであり、重要な機能を果たしているにもかかわらず、しかし、為銀主義の旧法制度下でも、商社が準会員であり、やはり不透明な部分もある。 わが国の中央行政機構は行政組織の周辺部分が肥大化している点に特色をもつと言われるが、業界団体は「政府からのトップダウンの情報と企業からのボトムアップの情報の間にあって、双方向の情報流通を可能にし、両者の間の情報格差・情報の非対称性を克服する」49機能を果たしてきたのである。このように、事業者団体の活動は、一定の評価を受けているが、行政指導による、行政と業界団体の密接な関係を特色とするわが国の自主規制、自主基準の特徴は、行政指導に誘発された自主基準が多数存在するということであり50、業界団体が競争を阻害し、横並びの体制維持に一定の働きを果たしてきたのも事実であろう。 2.わが国の自主規制制度のあり方 日本に自主規制機関を設置するという方向で考えてみると、業法の延長線上に制度を構築することは、機関が業界ごとに乱立することになり、非常に複雑な機構とならざるを得ないと思われ、いっそう競争制限的になることも予想される。公平性の面での疑問も大きい。 最近、商工ローンの貸付が問題となっているが、これも規制の網のかけ方に問題があったことの傍証となるのかもしれない。というのも、例えば、金利の利率は別にして、商工ローンは銀行の貸付と経済効果は同じであり、つまり、代替サービスを提供できる立場にあり、規制によるものでなくとも何かしらの理由がある場合に代替的に利用される。規制の範囲によっては漁夫の利を得ることもできるわけである。もちろん、自主規制で対応できるという見方もできようが、法としての効果は期待し難いのが現実であろう。 もちろん、業界団体としての機能を有効に果たすことが期待される部分がまったくないわけではなく、部分的な活用方法があることは認められるが、基本的には、自主規制機関は将来的にトラブルを起こす可能性が高く、あくまで、政府規制で対応すべきであろうと思われる。 金融サービスの多くはフィデューシャリー(受任者)・サービスである。社会全体の認知が高まれば、自主規制機関でも効果が期待できるのかもしれないし、運用次第では実質的な管轄権を自主規制機関が持つことは不可能ではなかろうが、それでも、投資者を保護すべき事態が出来したときには、モラルハザードがなかったにせよ、自主規制機関は実効性がなくなる可能性がある。本稿では公法か私法かの問題51を正面から取り上げることはしなかったが、取締法規であるとともに私法上の効果を持たせるのであれば、なおのこと自主規制の意義は減価しよう。自主規制では最終的には業界の利益を優先しがちになり、また、問題のない業者にとって、コストの負担は不平等なものであり、結局、そのコストは最終的には消費者に転嫁されることとなる。 自主規制機関問題を考えるポイントの一つはコストに関してであろう。自主機関であればコストが安くつくという見方もあるが、結局のところ、規制・監督のコストは自主機関だから安いということはなく、どこが規制をするにせよ、誰かが負担するわけである。自主規制機関であれば、最終的に利用者負担52となるわけであるが、政府規制だとなれば、一般納税者に均等に負担がかかるわけで、それでは公平性を欠くことになろう。現在、英国で検討されている制度は、不正行為に対する罰金の金額は限度がなく(懲罰的な意味合いを持つ)、その分を規制コストの削減にまわすということになっている。斬新な考え方であり、かつ、納税者保護にもかなっていると思われる。 私見であるが、現在の日本における議論では納税者保護の観点が希薄であるように思われる。当然のことであるがこれまでの日本の金融制度もリスクがなかったわけではなく、目に見え難い形で国民全体が負担していただけのことである。金融サービスにおける規制機関の問題を考える際には、費用便益分析を踏まえておく必要がある。消費者・納税者の立場を考えた、将来を見通す法律の整備が期待される。英国では、その検討までもFSAの業務範囲なのである。 一方、自主規制の場合、最終的には政府による監督が働くが、政府が直接に規制する場合はチェック機能をどう担保するかという問題がある。強力な権限を有する場合はなおさらである。英国ではFSAによる不正行為への罰則等についての不服は、FSAからの独立性をもち、法務省の管轄である金融サービス市場審判所に申し立てることになっている。 蝋山昌一金融審議会第一部会長は、金融ビッグバンを2段階に分けて論じている。第一次は縦割りの旧制度下の金融機関の機能回復であり、やっとその目途がついてきたばかりの状態である。今後、第二次の横断的な制度改革を目指すべきだという。そもそも、金融ビッグバンは金融市場の効率化、金融サービス産業の強化を図るということであり、それによって生じる問題から投資者を保護する必要があり、いわゆる金融サービス法は、その両方を満たすものであるべきであろう。 英国の金融サービスに関する法は、ビッグバンが半ば自然発生的なものであったため、セーフティネットとしての色彩が濃厚なのであろう。日本の場合は、ビッグバンが人工的かつ大規模なものであるため、法制度自体が金融市場の整備というビッグバンの触媒の働きも併せ持つ必要がある。もちろん、これは投資者保護をなおざりにしてよいという意味ではない。 日本では、金融サービス法の制定には時間がかかりそうであるが、従来の業法で十分ではないことは、各国の司法の動きをみるまでもなく、自明である。業際や省際の壁にとらわれることなく、真に日本の将来を見据えた市場や法制度の再構築が必要である。英国ではFSAの目的の一つに公衆の啓蒙が掲げられているが、日本でも今後、金融サービスに対する正しい認識を教育し広めていくことが急務であろう。ついでながら、英国の1986年法は、「投資法」「証券法」とでも呼ぶべきものであった。金融サービス市場法(案)に至って、文字通り、「金融サービス」法になるわけであるが、日本では「金融サービス」という語は、どこか情報サービス等のように、商品の匂いがしない語感を持つ。「金融法」「金融市場法」とでも呼んだ方が包括的な感じが出ると思われる。(以下略)
12000年に成立予定。順調に進めば、速やかに完全に新しい一元的な規制制度に移行する。なお、これまでも、成立前であるが、監督権限の移管や組織の改組等、順次、機構改革が行われてきた。法案は、現在、英国議会において審議中で、流動的なところもあり、法案の内容に変更が加えられる可能性がある。 2根本的には、公法か私法かの議論になる。形式的には自主規制と制定法は対立概念となる。この問題は管轄権を基礎に区分されるわけであるが、本稿ではこの問題を正面から取り上げることはしない。重要な問題ではあるが、ここでの二元論は却って規制機関という論点を曖昧にすると思われる。 3梅津昭彦「英国証券市場における自主規制の構造 1986年金融サービス法成立を契機として」六甲台論集1989年4月、p.110. 4竹内昭夫「消費者法」『現代の経済構造と法』現代法学全集52巻 p.26以下参照。 5英国では認可業者でなければ、開業できないことから、形式的には規制主義でもある。なお、規制主義と業法は密接な関係にある。 6この問題は別に論じるが、今回の金融サービス市場法(案)には、5条(2)(d)に、「消費者は自らの決定に責任を負うという一般原則」を考慮するという、買主注意の原則が自己責任の観点から盛り込まれている。 7ガウアーの勧告は、@公的な役割は貿易産業省に残し、独立の委員会に委譲しない。A日常的な規制・監督は主務大臣に責任を負う独立の委員会が行い、システム全体の監視と処罰に関するような規制策定の権限は貿易産業省に残す、というものであった。Review of Investor Protection Report : Part 1, 3.16.なお、ガウアーは、証券委員会の設置というアプローチを推薦したかったというが、シティの反対は避けられず、受け入れられそうもないことから、かかる委員会の設置の推薦を見合わせた旨を匂わせている。Abell, Mark「英国金融サービス法について」国際商事法務 1988年3月号。 8英国の自主規制の伝統に配慮したものといわれるが、政府の財政負担減も図ったものとも考えられる。例えば、「むしろ、政府が、業者で運営する自主規制機関に規制の負担と責任を転嫁した、と解釈する方が適切かもしれない」。牛越博文『金融サービス法』p.34. 14 Ibid.,5.1、1986年法212条、Sch.17. 15梅津 前掲 p.124他。英国では、これを称して2段階という。例えば、1993年の「金融サービス規制―2段階システムを活かす」(ラージ・レポート)でもSIBをSenior Regular、SROsをFront Line Regulatorと位置付け、この両者での規制に注目し、2段階システムと見なしている。 16それぞれの業法に加えて、金融サービスを提供する場合には、金融サービス法に基づく規制も受ける。例えば、銀行は、銀行法に基づきイングランド銀行の監督を受け、かつ、金融サービス法の対象となる業務に関して、業務内容に応じて自主規制機関に加盟し、その監督を受けることが義務づけられている。 17自主規制機関としては、当初、TSA(The Securities Association), AFBD(Association of Futures Brokers and Dealers), IMRO(Investment Management Regulatory Organization), LAUTRO(Life Assurance and Unit Trust Regulatory Organization), FIMBRA(Financial Intermediaries, Managers and Brokers Regulatory Association ) の5機関が存在した。 18 1992年にTSAと AFBDが合併してSFA(Securities and Futures Authority)となり、1994年、FIMBRAと LAUTRO が統合しPIA(Personal Investment Authority)となった。SFAには、株式、社債、オプション等の取引を行う業者(公認投資取引所等の会員業者等証券業者)約1300が加盟、IMROには、集団投資スキームの管理運営、年金ファンドの運営、投資顧問等を行う業者約1100が加盟、PIAには、個人投資家向けの投資物件即ち生命保険商品や投資信託の販売・助言をする投資業者約4000が加盟していた。これまで約800の業者が複数機関の規制を受けていたという。 19これらのスキャンダルは、金融サービス法が効果的ではなかったためとの見方もできるが、一般的には、金融サービス法がなければもっと大きな事件が起こっていたと考えられている。 20費用負担の問題をめぐって銀行業界・住宅金融組合業界と保険業界が対立した。プルーデンシャル生命はじめPIA不加盟の表明が相次いだ。 21誰が誰をどのようにモニタリングするのかは、現実的には難しい問題である。イングランド銀行のマイケル・フット理事(現、FSA)は、例えば、JPモルガン一社の情報技術(IT)の予算は年間10億ドルであるのに比べ、イングランド銀行の予算は余りに少なく、対処しきれない状況で、こうした面からも、規制当局がばらばらではなく一箇所に集まって監督するというのが政府の意向であり、また、規制当局が多数あると新たな問題に対応するのが遅れ、コストも高くつくと述べている。「イギリスにおける金融監督制度の発展」金融1998年4月。今回の改正は、モニタリング資源を分散させ重層化するのではなく、集中し有効に利用するというシステムを選択したということである。 22もともと保守党の推進した自主規制制度に対しては反対していた。 24前田重行「証券取引における自主規制―アメリカおよびイギリスにおける自主規制の形態とその発展―」『証券取引法大系』p.91以下。1986年以前の英国の制度は前者のタイプに分類される。 25梅津は「金融サービス法の規制構造を見るかぎり、英国の伝統的な自主規制制度の成立化というよりはむしろ、制定法に縛られた自主規制制度の主務大臣による管理という感がある」と述べる。 28Review of Investor Protection Report : Part 1.5章及び6章。 30英国では、今回の一連の金融サービス市場法の制定作業に関しても、金融サービス法の制定時と同様に、立法と行政を同時進行させている。イングランド銀行法改正と金融サービス法の改正(金融サービス市場法の制定)という法的な手当てを進める一方で、その他の作業は、法的手続の終了を待つことなく粛々と進めている感がある。マイケル・フットは、イギリス人は実践的な国民であるため、法案の成立を待つことはなく、法案の成立前から、FSAが各種の作業を進めて行くことになり、必要な法的措置を講じる必要はあるが、最終的な目標を設定したならば、すぐに作業を始めることが重要で、そうでなければ動機を失ってしまい、スタッフもまた、やる気を失ってしまう、と述べている。フット前掲 p.7。 31SIB,Report to the Chancellor on the Reform of the Financial Regulatory System,1997. 32ここに述べられていない点で重要であると思われるのは、業者に与える行政によるペナルティの威圧感である。自主規制の場合と比較するとより強力な抑止力となる。 33Jonathan Herbst and David Scott, 'the Financial Services Authority The Financial Services Markets Bill -regulation for the 21st century'. J.I.F.M. 1999 ISSUE 1, Sweet & Maxwell,pp.33-34. 34 英国では伝統的なレッセフェールの考え方では、国家と市場が対峙するものと捉えられがちである。 35Charles Goodhart. Financial regulation: why, how and where now? Routledge 1998. 381999年4月21日に「史的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外制度の整理等に関する法律案」が可決、成立し、6月23日付けで交付された。証取法の規定に基づいて設立された団体(証券業協会・証券取引所)についても、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」第8条(禁止行為)の適用を受けることとなっている。また、証取法の一部が改正され、第195条(本法の他の法律に優先する効力)、第195条の2(独占禁止法との関係)の規程は削除されている。 39 「構成事業者に、自主規制等を利用又は遵守することを、強制すること(当該自主規制等がその内容から競争を阻害するおそれのないことが明白である場合を除く)」とし、注で、『その内容から競争を阻害するおそれのないことが明白である場合』としては、例えば、犯罪に繋がるような行為等社会倫理的な見地から当然行なってはならない行為の禁止を内容とした倫理綱領の場合等があり得る」としている。即ち、自主規制の制定が独禁法違反とならない場合であっても、それを強制することは、ごく特殊な場合を除いて、独禁法違反になるというスタンスである。松本恒雄「法実現のための監視体制」ジュリストl139号、p.105。 40自主規制業務以外に、店頭市場管理業務、業者団体としての業務が挙げられている。 41具体的な自主規制ルールとしては、株式及び公社債の店頭売買、有価証券の引受け、外国証券取引、有価証券の保護預り、証券従業員の行為基準、証券会社の内部管理体制、証券外務員の登録、証券会社の広告、証券会社の投資勧誘・顧客管理、顧客との紛争処理等に関する諸規則がある。 43外務員等資格試験規則第13条(受験資格)は協会の会員と生命保険等の特別会員にしか受験資格を認めていないが、特例として、第19条(受験の特例)で協会に加入しようとする者の従業員又は従業員として採用しようという者の受験は認めている。 45外務員研修・資格試験規則第3条、8条では、会員、会員以外の商品取引員、許可申請中のものの役員・使用人に受験資格があることになっており、証券業協会の規則よりは、競争制限的でないものとなっている。現在、非会員の取引員が1社ある。ちなみに、現在は本支店内での営業も外務員資格が必要であり、外務員のいない取引員は、実質的に受託業務を行わず自己売買のみを行うか、あるいは、休眠会社となる。 47銀行業務の改善進歩を図り、一般経済の発展に資することを目的としている。全国銀行協会連合会、定款2条。 48全銀協の下部組織ではない。世界の主な市場には同様の組織がある。やはり多くは任意の団体であるようだ。 49米倉誠一郎「業界団体の機能」岡崎・奥野編『現代日本経済システムの源流』p.188。 51そもそも国家と市場は対立概念で捉えられることが多い。この点は附論で考察するが、公法と私法について言えば、もともと国家の介入によって取引が犠牲になることを避けるために公法上の規制と私法上の効力が分離されたと考えられるが、経済法・取引法の目的は市場のインフラ整備でもあり、秩序維持の観点からも規制に対する違反は、私法上の無効となってもよいのではなかろうかと考える。英国の議論においても、公法私法の区別をすることは実質的でないという議論も出ていた。 52既に見たように、1986年法が自主規制を選択した理由の一つである。
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