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HOME > Market&Market > コラム > 私の転職事情
3.私の転職事情私のケースがリストラによる失業に該当しないと思われる向きもあろうが、自分で はリストラの一環だったろうと思っている。 昭和62年に、住友生命保険相互会社に転職、外国為替のディーラーをしていたが、 海外投資縮小からロートルは不要ということで子会社の住友生命総合研究所に出向したのが、平成7年。そこでは、主として海外の経済・市場動向の分析・予測を行っていたが、所内の新しい金融システムのあり方に関する研究会にも参加、金融ビッグバンについても考えるようになった。 金融ビッグバンとは、要するに、「日本の金融業のリストラ」。もちろん、ここでいうリストラは再構築の意味である。金融ビッグ バンは、日本経済の制度改革であり、法の整備が伴わない限り、成功しない、との認識のもと、その部分を研究したいと思うようになった。 そこで、東大の大学院で勉強しようと思い、平成9年の秋に受験し、幸か不幸か合格した。てっきり会社は行かしてくれるものと思っていたが、「行きたければ会社を辞めて行け、会社にそんな余裕はない」との冷たい返事だった。ネゴすらなかった。 本社の人事に事前に言っていなかったからというのもあったようだが、もちろん、研究所の上司には受験前に相談済みだった。 私がどう感じたかはここでは詳細には述べないけれど、アホみたいな話だと思った 。会社にとっては、飛んで火に入る夏の虫、ではなく、飛んでリストラに入る無用の中年社員、と映ったのだろう。ちょうどいい時に辞めてくれるわ、みたいなことだったと想像する。 しかし、リストラの研究をするためにリストラされたというのは我ながら滑稽ではある。 私は、大学院に行くことにした。高給を棒に振って、アホな奴という周囲の謗りに耐えて。もちろん、拾ってくれる会社があったから、できたことでもある。いろんな人に感謝したい。何か自慢げに聞こえもするだろう。しかし、私のケースを単なる転職だと思うのは 違う。なぜ、こんな話を披露したかというと、リストラ対象の中年や弱者に、こんな奴もいるのだと知って欲しいからである。リストラによる馘首を逆手に、人生を考える、磨き直すチャンスだと思いたい。リストラなんて恐くない。リストラされるような会社にしがみついていてもしょうがない。
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