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HOME > Market&Market > コラム > ぼくの山行き〜安達太良山  

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2. ぼくの山行き〜安達太良山  

1997年7月31日、総勢18名のパーティで安達太良に登る。パーティの仲間たちは、お互い半数は初対面であろうか。  

アンゴルモアの大王が降りてくる予定の日に悠長に山登りなどしていてよいのかという気も少しはあったが、大洪水があるかも知れぬし、などと言い訳しつつの暢気な山行きである。ぼくの班が、朝寝坊で遅刻したN氏を二時間近く二本松の駅で待って、奥岳温泉までタクシーを駆る。登山口から狭い車道のような山道を登りはじめる。道の真中にある岩はドリルで削り取られた痕があると思っていたら、山小屋に荷揚げでもした帰りだろうか、腹をこすりながら軽自動車が下りてくるのに出くわした。  

勢至平で、一時間ほど前に出発していたはずの第二班に追いつく。歩き始めて一時間ほどしか経っていないから少し不思議。  

久しぶりに見る高山の花々である。  

安達太良の名は万葉集にも出てくるが、おそらく、それは山の名としては北限でもあったろう、しかし、その名が現在の安達太良を指していたのかどうかは定かではない、などと書くと、ぼくにも百名山が書けると思う(注)のだけれど、というのは大嘘で、前回の山行きが何年前のどこだったかも俄かには思い出すことができないほどの体たらくなのだ。かつての探検部の名がなくというものだ。久方ぶりの山。膝が嗤(わら)わないかどうかが心配であった。  

金明水で水を汲んでテント場に到着。テントはすでに第一班によって張られていて、無聊にもすることがない。カレーを作り、火の番を途中で交代してもらって、くろがね小屋の温泉につかる。奥岳温泉の源泉になっているだけのことはあり、湯船は三、四人が限度の小さいものながら、硫黄泉の素晴らしいものだった。380円也。ビールは400円。  

スパゲッティ、カレーを平らげ、中国土産の犬の肉等々を食らい、日本酒を飲むうちに、月明かりのもと、ますます目はさえ…、とはならず、寝入ってしまう。  

夜明け前に寒さで目が覚める。風邪を引いたかと思っていると頭痛がする。  

翌日は、悲惨な山行きとなった。水場で水をカブ飲みしているうちに皆は出発してしまい、残っていてくれたM氏と二人で音を追いかける。宿酔で吐きながらの登山は生まれて初めてだった。かつて探検部の先輩が、屋久島で焼酎の匂いのする汗をかきかき(ぼくもきっと、同じ匂いを発散していたと思うけれど)、へばっていたことを思い出すが、自分が宿酔で吐きながらの登山は記憶がない。  

遥か下を見はるかせば、二つ光るものが見える。たぶん建物だろうが、M氏は「高村光太郎によると、阿武隈川が光っているはずなんですけどね」と莞爾として言う。年のはなれた学友が強力のような体躯をしたインテリであることを改めて悟ったが、こっちは宿酔でそれどころではない。一気に乳首に登る(なんとわかりやすい名だろう)。その頃には、多量の汗とともにアルコールはとんで、やっとまともな気分になりつつあった。しかし、そうなると空腹が苛む。朝は無理やりに雑炊を食べたが、軽く一杯がやっとだったのだ。今日は、昼過ぎに下りる予定なので昼食は下山してから摂ることになっている。  

眺望は本当に抜群だ。しかし、腹の足しにはならぬ。下を見ていると、16名の集団が乳首の下に辿りついた。どうやら、出発と同時に、山小屋で追い抜いてしまっていたらしい。  鉄山、箕輪山を経て、野地温泉に下りる。ここでもバス待ちの間に蕎麦を食し、風呂につかった。牛乳が美味だった。  

福島駅で皆に持ってもらっていたテントなど、ぼくの荷物を回収したところ、シュラフのような個装まで人に持ってもらっていたことに気づいた。そんな経験は初めてだ。厄年とは言え、我ながら情けない。17名の仲間に感謝。  

山登りに行ったというよりも、温泉に行ったような気がしなくもないが、本当に久しぶりの山だった。膝が嗤うこともなく、無事に家まで辿りついた。  

今も、家から夏空を見上げて、「ほんとの空」ではないのかしらんと思う。きっと、智恵子の時代よりも大気は綺麗になっているのだろう。環境法のゼミのレポートの締切りを気にしつつ、遅れ馳せながら夏休みの日記を書いた。

(注)蛇足ながら…。  安達太良山は深田久弥の「日本百名山」に選ばれている。しかし、ぼくは深田の「日本百名山」があまり好きではない。著作自身もそうだけれど、そのブームがヤなのだ。後10山だなどと中年のおっさんが(おっと、ぼくのことか)口にするのを聞くと、思わず、「自分なりの名山はないのか、それを自分で選べよ」と思ってしまうほうなのだ。だいたい、低い山をはずすというのが気に入らない。文章も品があるかに見えて世俗的である。営業政策的に決定される、新聞などの「新日本名勝百景」等よりも、自分の試みの方が正確だと深田は言うが、天邪鬼のぼくには五十歩百歩に思えてしまう。そもそもどこか権威主義的なのだ。朝日の文庫版に付されている今西錦司の「名山考」がぼくにはよほど好ましい。