『天才数学者、株にハマる 数字オンチのための投資の考え方 』
訳者、訳書を語る
望月 衛
数学が嫌いな人というのは、よく話してみると、英語が嫌いな人が英語を嫌いであるのと同じ理由で数学が嫌いなことが多いようです。つまり、読んでもわからない、その結果問題が解けない、だからイヤだ、と。訳者も、高校時代にはそうすれば答えが出るというだけの理由で関数を3回微分することができたのに、いまでは微分するたびにその計算が何を意味しているのかを考えずにはいられません。高校時代にはなくても平気だった日常言語での「説明」がなくては、なかなかわかった気にならないのです。しかし、英語がそうであるように、数学も語り口=文法と単語にさえ慣れてしまえばそれ自体が難しいわけではありません。本書は、そうした数学の世界が金融市場や株式相場といった日常的な世界へと「営業」にやって来てばら撒いたアジビラ、そんな本なのだと思っています。営業マンたる著者の口車に乗ってはっと気づくと、株価を見てファイナンスセオリーで考えているのみならず、その数学的メカニズムを考えるようになっていたりします。2003年秋に、著者はAAASから数学の普及に多大な貢献をしたと評価され、表彰を受けています。著者の語り口の平易さを示すものでしょう。翻訳をしていく過程で何度かメールでやり取りしましたが、こちらの投げるどんな質問にも即答、こちらが抱えていた問題は即解決でした。あれだけわかりやすい説明をするためには、人の疑問に明快な答えを即座にできるだけの深い理解が必要なのだなあと改めて思った出来事でした。
ちょっとしたことから転がり込んだお金を、当時はその名の通り世界を制する勢いだったワールドコムに投資したのが運の尽き、株価が下がるたびにもう大丈夫だろう、もう下がらないだろうと、信用取引からコールオプションまで使って買い増ししていき、とうとう倒産直前までワールドコムと手を切れなかったDr. パウロス悲喜劇の顛末。本書の概要をごくごく表面的にまとめると、そんな感じになるでしょうか。大上段に振りかざしたファイナンス・テキストとは違い、本書は投資理論を、いちいち実体験に基づいて実感のこもった説明で噛んで含めるようにわからせてくれます。扱うトピックは、テクニカル分析から複雑性、ゲーム理論にフラクタルまでと幅広く、数学者ならではの明瞭かつ深遠な解説を山盛りのダジャレ付きで繰り広げてくれます。行き着く先の結論は、「株なんてやるもんじゃない」でもなければ、型どおりの「インデックス・ファンドを買って持ち続けるのが一番いい」でもありません。さらに、はやりの行動ファイナンスも本書では到達点ではないのです。たとえば、不完全情報について、なるほどこういう扱い方があったのかと、目からうろこでした。
訳者として一番苦労したのはやはりダジャレでした。例をひとつ挙げるとすれば、ジェネラル・エレクトリック社の品質管理上の標語が元である(と訳者は聞いています)「シックス・シグマ」、すなわち業界標準より標準偏差6個分少ない不良品率を達成しよう(これは学校の成績でいえば偏差値110にあたります)、という経営学ではやった言葉を取り上げ、そんなもん実現不可能だと思ってよく見ると、six sigmaと一般名詞ではなくSix Sigmaと固有名詞として使われている、つまりこれは標準偏差6個分云々という意味ではないのだ、という説明の後に、次のようなパンチ・ラインがおいてありました: 新しい不条理ギャグ=「Minor Capital Offense」。これは非常に重層的な言葉のギャグです。まずcapital offense = 死刑に値する重罪、minor = 小文字、capital = 大文字、offense = 人をいやな気分にさせるような攻撃的な言動、minor = つまらない、さらに頭文字に大文字を使うのはある種重要性とか権威を意味している場合です(イギリス人が自国のテニスやゴルフの例のトーナメントをThe Openと呼ぶというアレです)。つまり、ネタとして
1. 小文字であるべきところで大文字を使う奴は許せん。
2. つまらないことを大げさに言う奴は許せん。
3. minorとcapitalは意味的には矛盾。そういう矛盾した思考を強いる奴は許せん。
4. 許せんので死刑。
これをすべて3語で表しているわけです。3日間熊のようにウロウロしながらああでもない、こうでもないと訳語に悩んだ挙句、結局長々と上記のような内容を文章にし、カッコ付きで「minor capital offense」と原文をさらすという逃げの一手を打ちました。改めて、こういう言葉を思いつく原著者は文才があるなあと思い知らされた次第です。
訳者としては、投資理論の説明や著者独特のギャグセンス、それらの語り口を裏打ちしている、著者の数学的な発想や論理を感じ取っていただければと思います。
目次
第1章 何が市場で「正しい」のか?……他人の予想を予想
第2章 投資家の行動は合理的か?……恐れと欲がもたらす錯覚
第3章 テクニカル分析は役に立つか?……トレンド、群衆行動、波動
第4章 市場はどこまで効率的か?……偶然と効率的市場
第5章 ファンダメンタル分析は役に立つか?……バリュー投資と金利の考え方
第6章 リスクといかにつき合うか?……オプション、リスク、ボラティリティ
第7章 分散投資は有効か?……ポートフォリオの組み方
第8章 株価変動はカオスか?……ネットワーク、カオス、フラクタル
第9章 投資理論はパラドックス?……市場を超越できない投資
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