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『欲望と幻想の市場〜伝説の投機王リバモア』(訳)

東洋経済新報社 1999年

投機王リバモアの小説を翻訳した。米国ではジェシー・リバモアのことを知らない市場関係者はいないと言っても過言ではない。没後60年近くを経た今でも、「投機王」はリバモアの固有名詞である。米国での原著の出版は1923年、つまり、75年以上も前のことだ。

リバモアは1877年、綿花農家の生まれ。証券会社に勤めた後、投資家となり、 1929年の大恐慌のころには個人投資家でありながら60人ほどのアシスタントを使っていた。この小説にも「おれは14歳で相場を始め、15歳で最初の1000ドルを儲け(略)1度に1万ドルを儲けたことも、逆に失ったことも」と出てくるが、リバモアは100万ドルの長者になったのち破産するということを繰り返した。1回ならまだしも、何度も復活するというのも驚きだ。学歴のない男が、「ど素人」からはじめて(最初は皆、素人には違いない)ウォール街でロックフェラーやモルガンと比肩されるようになり、大恐慌も予測した。しかし、最期はピストル自殺。この経歴だけでも壮絶な人生だったことがわかろうというものだ。

実は、ウォール街の相場格言の多くはこの小説が出所だ。例えば「(相場では)買うのに高すぎるということはないし、売るのに安すぎるということはない」。本書はこれらの箴言に溢れており、小説のスタイルをとってはいるが、まさに相場哲学の本である。古くて今の市場には当てはまらないだろうと思われる方もいるようだが、人間や相場というものの本質は変わらない。現在の著名なファンド・マネージャーもこぞって推薦しているのも頷ける。

アメリカ史学者の猿谷要氏には「株の世界を超えた人生全体についての教訓めいたものが入っている。しかもその量が多い」と評していただいた。例えば「おれは他人の情報を信用しない」という主人公の独白は、相場の極意であるとともに、現代社会の罠への警句でもあろう。情報に盲従するのではなく、自分が情報を選んでいくとい うリバモアの態度は学ぶべきだ。

おそらく、日本になかったタイプの小説を紹介できたと自負している。株や金融市場に疎い人にも是非、この相場小説を読んでもらいたいと思う。そのために、訳注を付ける作業等にも気をつかった。

なお、邦題は作家の村上龍氏に考えてもらった。

(出所:1999.6.9 日経金融新聞 読書)


この小説は、1900年初頭、希代の相場士として活躍し、相場史上に名を残す伝説の投機家リバモアが、どのように投機家としての名声を高めていったかを記した、ウォールストリートのジャーナリストによる伝記である。実務に従事していない私であっても、あるいは、実務に従事していない私だからこそ、この小説を手にとって読み始めると、リバモアの世界に引き込まれ、時間のたつのを忘れて、読み進めてしまう。それほどエキサイティングな本である。

この小説から何を読みとるか、あるいは、リバモアの生涯から何を教訓とするかは、読み手のおかれている立場によってさまざまだろう。もしかすると、この小説を読んで、いかにして投機家として儲け、優れた投機家となるかを修得することができるかもしれない。

しかし、むしろ、どのようにしてリバモアが相場史上に残る投機家となったのか、あるいは、見方を変えて、どのようにして市場がリバモアのような投機家をつくり出したのかを読みとることのほうが、私達にとって大切なのかもしれない。

リバモアは投機の天才であったかもしれないが、常勝していたわけでなはかった。たまには大きな損失を被ったと記してある。しかし、リバモアが大きく儲けるということが市場に噂として流れていったことが、さらに、その噂に基づいて、市場がリバモアに追随していったことのほうが、印象深い。

このことは、一人の著名な投機家やノーベル賞を受賞した経済学者によって運営されたヘッジ・ファンドに金融機関が追随し、そしてヘッジファンドとともに大きな損失を被った最近の状況にきわめて類似している。まさしく、ここに投機家の群衆行動が見出される。群衆行動が総体化されると、相場がファンダメンタルズから乖離して、自己実現的投機が成就する可能性が高まる。

市場はなぜ投機王リバモアを恐れながらも、投機王リバモアを創り出したのだろうか。あるいは、なぜ市場は投機王リバモアをつくり出す必要があったのだろうか。投機家達が群衆行動をとるためには、その先導者を必要とするのである。市場が総体化してある方向に動くことを誰よりも早く予測することが重要であって、その動きがファンダメンタルズに基づいていようと、サンスポット(太陽の黒点)に基づいていようと、あるいは、投機王リバモアが先導していようと、関係ないのであろう。要するに 、市場は群衆行動を起こすための象徴(あるいは偶像)を欲しているのかもしれない。

驚きは、この点に関して、情報化時代といわれる現代でさえリバモアの時代と同じであるということである。このことは、情報化が進展しようとも、情報収集能力や情報分析能力の点で投機家間の異質性が変わらないことを表わしているのかもしれない。あるいは、投機家の行動原理が昔から変わらず、市場の先導者(たとえそれが偶像であろうとも)を探し、それに追随していこうというものなのかもしれない。

市場とは何か、そして、市場がどのようにして市場の先導者をつくり上げているかを 知りうる絶好の書である。

一橋大学商学部教授 小川英治

(出所:金融財政事情 1999.7.26)


アメリカのトレーダー達のバイブルがついに日本語で読めるようになった。つまるところ相場を動かすものは人間の心理だとは言うものの、相場に参加する人間の心理をこれほど純粋かつ具体的に語る本は他にはない。一読すれば、欧米の名だたる相場師達がこぞって本書を薦める理由が分かるだろう。

本書は20世紀初頭のアメリカで株式の相場を中心に活躍した伝説の投機家ジェシー・リバモアの前半生を描いた小説である。リバモアは実在の人物で、後年W.D.ギャンなども注目した天才的な投機家だ。著者は本人にインタビューしてこの小説を書いたのだが、読者には、リバモア自身の語りによる自伝と読める。それは、単に一人称で書かれているからではなくで、相場に参加するリバモア自身でなければ決して語れないはずの、市場の把握と人間の心理が全編にわたって的確に描かれているからだ。

この作品は、相場を主題としながらも、単なるノウハウ本や自慢話ではない。市場に関する実用書であると同時に教養書でもあって、ファンドマネージャーをはじめとして、市場と相場に関心のある全ての人に一読を薦めたい。リバモア自身は「投機家」と自称しているが、類書が教えることのない市場の本質を語る本書を「投資家」も読まない手はない。

リバモアの言葉は簡潔で気持ちよく、何よりも役に立つ。「株というものは、買い始めるのに高すぎるということはないし、売り始めるのに安すぎるということもない」 (なぜかは本書を読むこと)といった実践的な行動指針が随所に散らばっている。これらの中には彼自身が「武器は変われど戦術は変わらず」と言うように、現代でも十分に通用する考え方が含まれている。加えて、「あまねく投機家は自分の本性と対決する」と理解するリバモアの心中の戦いが率直に語られている。読者は欲望、恐怖、希望的観測といった人間的感情の恐ろしい作用と、欲望と恐怖の上に成り立つ市場の本質を知るだろう。リバモアは生涯を通じて相場で4度大成功して4度破産した男であり、勝ちに至る心構えと、負ける人の心理を、身をもって教えてくれる。

リバモア自身が傑出した人物であったにせよ、時代を超えて彼を生かす著者の力量には感嘆せざるを得ない。また、相場に関する多数の著書・訳書を世に出し、自身も相場に参加した林氏の手になる翻訳もよくこなれて読みやすい。具体的な技術論をもっと知りたい向きは林氏の編著「ギャンの相場理論」(日本経済新聞社)もあわせて読むといいだろう。

三和総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所顧問 山崎 元

(出所:旬刊経理情報(中央経済社) 1999.7.20)


本書推薦文

本書は、ギャン、ソロス、と並ぶ天才的な投機家であるジェシー・リバモアを描いた「小説」である。市場、為替、投機、といった言葉がメディアに載らない日はない。わたしたちはそういった言葉が遠い世界の出来事を表すものだと勘違い しやすい。

だが、今やキーワードになってしまった「市場」は、投機家やディーラーだけで構成されているわけではない。わたしたち一人一人の欲望と幻想の総体、実はそれが「市場」の正体なのだ。

いわゆる「市場関係者」以外の「一般」の人たちが広く本書に触れ、波瀾万丈のリバモア物語を楽しみながら、金融・経済アレルギーを少しでも解消されることをわたしは願っている。

村上龍


 

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