『はじめてのテクニカル分析』(編著)
日本経済新聞社 1997年
中国語訳 1999年
書評
「相場を科学する」
編著者の林康史氏は私の注目する気鋭の為替エコノミストである。おそらく彼は時代に乗っているというか、もっと正確にいうと時代を先取りしているエコノミストである。評者のようにいつも売れない本を書いているものからすると、うらみごとの一つもいいたくなる。本書の評判も上々で中国語にも翻訳されるそうである。
そういえば本書には、西洋医学のものものしさと対比される東洋医学の単純さのような魅力がある。
本書を読んで私がふと連想したのは、フランスの国際通貨学者ジャック・リュエフの第1作『自然科学から社会科学へ(Les Sceiences Physigues aus Sceiences Morales)』であった。リュエフは1922年に書いたこの小冊子が気に入って50年近くたった1969年に長い序文を添えて再度出版Lている。彼は経済現象をなんとか自然科学並みに厳格な"科学"にしようとして、フランス計量経済学の走りとなる。両書に共通しているのは「科学する」精神である。
テクニカル分析は経験則である。特徴は時間と価格に抽象化していることだが、ファンダメンタルズさえも捨象して極度に単純化されることによって得られるモデルである。
本書は相場とは何かをつくづく考えさせる。日本人は全体として1200兆円の金融資産をもっている。少しでも高い利回りをあげたい。また価値を保全したい。テクニカル分析が頼られるのはこうした背景がある。
本書のなかで評者にとって最も興味があったのはテクニカル分析を巡るイングランド銀行の調査結果である。3点コメントを述べたい。
第1に、テクニカル分析では相場が上昇傾向のときは、実績値は予測値を超え、相場が下降傾向のときは、実績値は予測値を下回る。つまり期待の弾力性は1より小さい。別の言い方をすれば、テクニカル分析は相場をオーバーシュートも加速もしない。もしこの結論が正しいという前提に立てば、トレーダーがすべてテクニカル分析によって行動すると、相場のボラティリティを減少させるというきわめて重要な意味を含む。
第2に、テクニカル分析は不連続の世界が読めない、つまり「転換点」を誤まるのではないかとの批判に対し、誤まるのは、いつ転換するかという時間についての誤差であって、反転する価格のほうは予測できると解説されていることである。
この結論が正しければ、われわれ庶民にとっては転換点の価格で売買すればよいので大儲けはできないまでも、大損をしないために(ヘッジするうえで)テクニカル分析は有効なのではないだろうか。
第3は、私の一つの要望である。林氏は「相場に高等数学は必要とは思いません」といいきっておられるが、テクニカル分析も1つの有力手法として、加えてファンダメンタル分析や計量経済モデルの予測、コンピュータを使っての情報処理等々、使えるものはなんでも使って、相場の魔性を解明することに全力をあげてもらいたい。
マーケットがマーケット主義を破滅させるのではないかということを本気で懸念する者として、テクニカル分析を「科学する」と同時に、さらに哲学とか歴史意識まで含めて幅広い視野から現代の英知を結集する方向へ編著者が向かっていかれるよう希望するものである。
立命館アジア太平洋大学アジア太平洋マネジメント学部学部長 近藤健彦
(出所:1997.12.1 金融財政事情 書評)
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